火星人売ります
エド・マローンが「火星人」を見つけたのは、雨の火曜日だった。
ニュージャージー州の場末の町で、彼は中古家電店を経営していた。
店の名前は「マローン電気雑貨」。
だが客はほとんど来ない。
薄暗い店内には壊れたテレビ、古いトースター、片方しか鳴らないラジオなどが積み上がっていた。
エドは三十八歳で、少し太っていて、いつもネクタイが曲がっていた。
人生はだいたいうまくいっていなかった。
妻には逃げられ、銀行からは催促され、店の冷蔵庫には昨日のドーナツしか入っていない。
その日も、彼はレジで新聞を読んでいた。
すると店のベルが鳴った。
カラン。
入ってきたのは、小柄な男だった。
灰色のコートを着て、妙に尖った帽子をかぶっている。
顔色は青白かった。
男は店内を見回し、小さな声で言った。
「買い取っていただけますか」
「何を?」
男はポケットから、小さなガラス瓶を取り出した。
瓶の中には、緑色の小さな生き物が入っていた。
体長は三センチほど。
頭が大きく、目が丸い。
触角みたいなものが二本生えている。
エドは目を細めた。
「……なんだこりゃ」
「火星人です」
エドは新聞を置いた。
「冗談だろ」
「本物です」
瓶の中の生き物は、小さく手を振った。
エドは黙った。
それから瓶を顔へ近づける。
生き物は口をパクパクさせていた。
「生きてるな」
「はい」
「本当に火星人?」
「ええ」
「どこで手に入れた?」
男は少し考えた。
「火星で」
エドはため息をついた。
「いいか、ミスター。俺は暇だが、そこまで暇じゃない」
すると突然、瓶の中の生き物が叫んだ。
「グラフン!」
エドは飛び上がった。
「しゃべった!」
「火星語です」
男は真面目に答えた。
エドはしばらく黙っていた。
生き物はまた何か喋った。
「ブラフ! グラフーン!」
エドは瓶を眺めた。
たしかに作り物には見えない。
「……いくらだ?」
男は即答した。
「五ドル」
「安すぎるだろ」
「困ってるんです」
エドは財布を見た。
中には七ドルしかない。
だが彼は妙な好奇心に負けた。
五ドル札を渡す。
男は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
「返品できるか?」
「たぶん無理です」
男はそう言うと、雨の中へ消えていった。
エドは瓶を見た。
緑色の小人が、こちらをじっと見返している。
「……なんなんだ、お前」
「グラフ」
「だろうな」
その夜、エドは火星人をアパートへ持ち帰った。
狭い部屋だった。
流しには皿が積まれ、窓からはネオン看板が見える。
エドは瓶をテーブルへ置いた。
「さて」
火星人はテーブルの上を歩き回っている。
ときどき窓の外を眺め、不思議そうな顔をした。
「腹減るのか?」
エドが聞く。
火星人は首をかしげた。
エドはクラッカーを砕き、瓶へ入れてみた。
火星人は匂いを嗅ぎ、小さくかじった。
それから突然、真っ赤になった。
「グラアアア!」
「うわっ!」
火星人は瓶の中を転げ回る。
エドは慌ててクラッカーを取り出した。
「悪い悪い!」
火星人は涙目で座り込んだ。
どうやら地球の食べ物は合わないらしい。
翌日、エドは火星人を店へ連れて行った。
そして入口に張り紙を出した。
『本物の火星人展示中 25セント』
昼頃には人が集まり始めた。
子どもたち。
暇な主婦。
酔っぱらい。
新聞記者まで来た。
「本物か?」
「たぶんな」
「噛む?」
「今のところは」
火星人は瓶の中で不機嫌そうに座っていた。
時々「グフッ」と鳴く。
客たちは大笑いした。
その日の売り上げは三十二ドルだった。
エドは久しぶりに上機嫌になった。
「お前、役に立つな」
火星人はそっぽを向いた。
数日後、新聞に記事が載った。
『ニュージャージーに火星人出現?』
すると客が殺到した。
テレビ局までやって来る。
エドは入場料を五十セントへ上げた。
火星人は毎日、瓶の中で見世物になった。
だが、ある夜だった。
店を閉めたあと、エドは瓶の中の火星人を見て妙なことに気づいた。
元気がない。
いつもなら走り回っているのに、隅でじっとしている。
「どうした?」
火星人は小さな声で言った。
「……グラフ」
「腹減ったのか?」
火星人は首を振る。
それから窓の外を見た。
夜空だった。
エドは少し黙った。
「帰りたいのか?」
火星人はゆっくり頷いた。
エドは鼻を掻いた。
「そりゃ困るな」
火星人は床へ寝転がった。
小さな背中が、妙に寂しそうだった。
その夜、エドは眠れなかった。
窓の外では車の音がしている。
天井の染みを見ながら、彼は考えた。
あれは本当に火星人なのだろうか。
もし本物なら。
自分は宇宙人を瓶へ閉じ込め、見世物にしていることになる。
翌朝、店へ行くと、黒いスーツの男が待っていた。
二人いた。
サングラスをかけている。
いかにも政府関係という顔だった。
「マローン氏ですね」
「あんたら誰だ」
男は手帳を見せた。
難しいマークがついている。
エドにはよくわからなかった。
「例の生物を引き渡していただきたい」
「政府か?」
「そう思っていただいて結構です」
エドは火星人を見た。
瓶の中で震えている。
「断ったら?」
男は少し笑った。
「国家安全保障上の問題になります」
エドはため息をついた。
「いくら出す?」
男は答えた。
「五百ドル」
エドは椅子から落ちそうになった。
五百ドル。
店の三か月分の売り上げだった。
彼は瓶を見た。
火星人もこちらを見ている。
小さな丸い目だった。
エドはしばらく黙った。
それから言った。
「……帰れ」
男たちが眉をひそめる。
「何ですって?」
「売らない」
「理由を聞いても?」
エドは肩をすくめた。
「こいつ、嫌がってる」
男たちは顔を見合わせた。
それから低い声で言った。
「後悔しますよ」
「人生ずっとしてる」
エドは答えた。
男たちは無言で去っていった。
店の中に静寂が残る。
火星人は瓶の中でぽかんとしていた。
「さて」
エドは鍵を閉めた。
「逃がす方法なんか知らんぞ」
その夜、雨が降っていた。
エドは火星人を連れて、町外れの丘へ向かった。
古い給水塔のある場所だった。
「で、どうすればいい?」
火星人は空を指差した。
エドが見上げる。
雲の切れ間から、赤い星が見えていた。
火星だった。
「まさか飛ぶのか?」
火星人は頷く。
「グラフ!」
次の瞬間だった。
空が光った。
音もなく、銀色の円盤が降りてくる。
エドは口を開けたまま固まった。
円盤は丘の上へ静かに着陸した。
扉が開く。
中から、緑色の小人たちがぞろぞろ出てきた。
みんな火星人だった。
だが彼らはエドを見るなり、一斉に帽子を脱いだ。
どうやら礼をしているらしい。
小さな火星人も、嬉しそうに飛び跳ねた。
「グラフーン!」
エドは頭を掻いた。
「まあ……元気でやれよ」
すると、一番背の高い火星人が前へ出てきた。
彼は小さな機械を取り出し、カチッと押した。
突然、機械から英語が流れた。
『あなたの親切に感謝します』
エドは目を丸くした。
『この者は、火星王国第三王子です』
エドは黙った。
『お礼として、火星の財宝を差し上げます』
火星人たちは箱を運んできた。
エドは箱を開けた。
中には、青く光る石がぎっしり入っている。
「これ、高いのか?」
機械が答えた。
『火星で最も価値があります』
エドは笑った。
「地球じゃ?」
機械は少し沈黙した。
『たぶんガラスです』
雨が降っていた。
エドはしばらく空を見上げた。
それから大笑いした。
火星人たちも、よくわからないまま笑っていた。
数分後、円盤は夜空へ消えた。
丘にはエドだけが残る。
彼の足元には、値打ちのない青い石の箱が置かれていた。
エドはため息をついた。
「まあいいか」
彼は石を一つ拾った。
雨の中で、それは妙にきれいに光っていた。